FX口座を開こうとして、申込みフォームの途中で手が止まる。
「個人番号(マイナンバー)を入力してください」
なぜ、これが必要なのか。画面には理由が書いていない。あるいは「法令に基づき」と一行あるだけで、その法令が何なのかは書いていない。
マイナンバーは、税や社会保障、災害対策の三分野以外では使ってはいけない、という制度だと聞いたことがある人ほど、ここで立ち止まる。FX業者は、この三分野のどこに入るのか。なぜ、証券会社でも銀行でもなく、FXの申込み画面で聞かれるのか。
検索しても、出てくるのは「入力しないと口座が開けません」という手順の説明ばかりだ。なぜ求められるのかを、条文まで遡って書いているものは見当たらない。
だから、条文を開く。
結論を先に書く
マイナンバーを求めているのは、FX業者の一存ではない。所得税法という法律が、投資家本人に「告知する義務」を課している。
そして、業者にも「確認する義務」が課されている。両者は、法律が求める一組の手続きを分担しているだけである。
犯罪収益移転防止法(いわゆる本人確認法)の話ではない。あれは氏名・住所・生年月日を確認する別の制度で、マイナンバーは対象に含まれない。
根拠は別にある。所得税法第224条の5。
順に見ていく。
根拠①:告知も確認も、法律が定めた一組の手続き
所得税法第224条の5は、こういう見出しを持つ条文である。
(先物取引の差金等決済をする者の告知)
見出しの時点で、すでにFXの話だとは分からない。だが中身を読むと、告知義務の対象を列挙した各号の第六号に、こう書かれている。
店頭デリバティブ取引(金融商品取引法第二条第二十二項に規定する店頭デリバティブ取引をいう。)をした場合 当該店頭デリバティブ取引の相手方である金融商品取引業者等の営業所の長
国内の店頭FXは、取引所を介さず業者と直接取引する「相対取引」であり、法律上は「店頭デリバティブ取引」にあたる。この条文は、FXという言葉こそ使っていないが、店頭FXを名指しで対象にしている。
条文の本文はこう続く。
先物取引の差金等決済をする者(中略)は、政令で定めるところにより、その差金等決済をする日までに、その者の氏名又は名称、住所(中略)及び個人番号又は法人番号(中略)を、(中略)商品先物取引業者等に告知しなければならない。
告知するのは投資家本人。告知する相手は、取引している金融商品取引業者(FX業者)。告知する内容は、氏名・住所・個人番号。期限は、口座開設の日ではない。「差金等決済をする日まで」——つまり、決済(利益や損失を確定させる取引)をするまでに、と定められている。
多くの業者が口座開設の申込み画面でまとめて聞いてくるのは、この期限より前倒しで、実務上そこで済ませてしまっているからにすぎない。法律が求めているのは「開設時に出すこと」ではなく「決済までに出すこと」である。
同じ条文には、告知を受ける側の義務も書かれている。
当該先物取引の差金等決済をする者は、政令で定めるところにより、当該商品先物取引業者等にその者の住民票の写し、法人の登記事項証明書その他の政令で定める書類を提示し、又は署名用電子証明書等を送信しなければならないものとし、当該商品先物取引業者等は、政令で定めるところにより、当該告知された氏名又は名称、住所及び個人番号又は法人番号を当該書類又は署名用電子証明書等により確認しなければならないものとする。
つまり、投資家が番号を打ち込んで終わりではない。業者の側にも、その番号が本人のものであることを書類で確認する義務がある。マイナンバーカードや通知カード、住民票の写しの提出とセットで求められるのは、この確認義務があるからだ。
告知と確認は、片方だけでは成立しない。法律は、投資家と業者の両方に、対になった義務を課している。業者が念のために集めているのではなく、業者も義務を履行しているにすぎない。
では、なぜこんな義務があるのか
同じ所得税法の第225条は、金融商品取引業者等に対して、顧客の取引についての「支払調書」を税務署に提出する義務を定めている。この支払調書には、顧客の個人番号を記載しなければならない。
業者があなたのマイナンバーを求めるのは、税務署に提出するこの支払調書に記載する義務があるからだ。FXの利益は申告分離課税の対象であり、税務署が所得を正しく把握できるようにする制度の一部として、この告知・確認の手続きが組み込まれている。
裏を返せば、業者があなたのマイナンバーを、支払調書の作成・提出以外の目的で使うことは、この条文の枠組みの外にある。マイナンバー法(番号法)は、利用目的を限定し、目的外利用を規制している。
根拠②:告知しなかった場合、投資家への罰則は所得税法に無い
ここまでは「なぜ求められるか」の話だった。もう一つ、読者が知りたいのはおそらくこちらだ。教えなかったら、どうなるのか。
所得税法第242条は、同法に違反した場合の罰則をまとめて列挙している条文である。中に、こういう号がある。
第二百二十四条第二項(利子、配当等の受領者の告知)に規定する告知書に偽りの記載をして(中略)提出した者(中略)並びに第二百二十四条の二(譲渡性預金の譲渡等に関する告知)に規定する告知書に偽りの記載をして(中略)提出した者
利子・配当(第224条)や譲渡性預金(第224条の2)については、偽りの記載をして告知書を提出した場合の罰則が、この列挙の中に明記されている。
だが、この列挙に第224条の5は出てこない。FXを含む先物取引の告知義務(第224条の5)を果たさなかった投資家本人に対する罰則規定は、所得税法には無い。
もちろん、それで何も起きないわけではない。業者は確認義務を果たせなければ、実務上、口座開設や取引の開始を進められない。「出さないと開設できない」という実務上の運用と、「出さないと処罰される」という法律上の罰則は、別のものである。このクエリで検索する人の多くが恐れているのは後者だが、条文上は存在しない。
根拠③:逆に、業者の側には重い罰則がある
ここまでは「教える側」の話だった。もう一つ、検索する人が本当に知りたいのは「教えた番号がどう扱われるか」のはずだ。ここでは番号法(マイナンバー法)が別の役割を持つ。
番号法第12条は、こう定める。
個人番号利用事務実施者及び個人番号関係事務実施者(中略)は、個人番号の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人番号の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない。
支払調書の作成のためにマイナンバーを扱うFX業者は、この「個人番号関係事務実施者」にあたる。適切に管理する義務は、法律上、業者の側に課されている。
さらに、第19条・第20条は、特定個人情報(マイナンバーを含む情報)を、決められた場合を除いて提供してはならない、収集・保管してはならない、と定めている。支払調書の作成という目的の外に、番号を使い回すことは、この条文の枠の外にある。
そして、これを破った場合の罰則は、投資家側の告知義務とは対照的に重い。
(第48条)業務に関して取り扱った特定個人情報ファイルを、正当な理由なく提供したときは、四年以下の拘禁刑若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
(第49条)業務に関して知り得た個人番号を、不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、三年以下の拘禁刑若しくは百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
投資家が告知しなかった場合の罰則は無い。業者や、その業務に携わる者が番号を漏らしたり、目的外に使ったりした場合の罰則は、拘禁刑を含む重いものが定められている。義務の重さは、教える側ではなく、預かる側に置かれている。
その条文を開いたあなたの、少し先の未来
——今までのあなた。
申込みフォームでマイナンバーの入力欄が出てくるたび、指が止まる。「これ、本当に必要なのか」「教えて大丈夫なのか」。理由の書いていない一行を信じるしかなく、結局、他に選択肢がないので入力する。もやもやしたまま、次の画面に進む。
——条文を確かめた、これからのあなた。
同じ入力欄が出てくる。でも今度は、理由が分かっている。「これは所得税法224条の5だ。業者が知りたいわけじゃなく、支払調書に書く義務が業者にあるからだ」。教えなかったときに罰せられるのは自分ではないと分かっている。そして、渡した番号を業者が目的外に使ったり漏らしたりすれば、業者の側に拘禁刑を含む罰則が待っている、ということも分かっている。
もやもやが、輪郭のある理解に変わる。入力欄の意味が分かれば、抵抗なく次に進める。
もちろん、これで不安のすべてが消えるわけではない。番号法が業者に重い罰則を課しているとしても、それは違反があった場合の話であり、個々の業者が実際にどの水準の技術的対策(暗号化やアクセス制限など)を取っているかは、この記事では確認していない。そこは、業者の個人情報保護方針やプライバシーポリシーを別に確認する必要がある領域である。
それでも、「なぜ求められるか」という一番大きな不安の芯は、条文で答えが出る。
やることは一つだけ
使っている、あるいはこれから使おうとしている業者の、個人情報保護方針かFAQのページを開いて、「個人番号」または「マイナンバー」で検索する。「所得税法」「支払調書」という語が出てくれば、この記事で確かめた根拠と同じ枠組みで運用されている、ということが確認できる。
出てこなければ、それ自体が一つの情報になる。
FXでマイナンバーを聞かれるのは、業者があなたを疑っているからではない。法律が、投資家と業者の双方に、同じ手続きの半分ずつを義務づけているからだ。
この記事で確かめたこと・確かめていないこと
- 確かめた:所得税法第224条の5(先物取引の差金等決済をする者の告知)の条文本文
- 確かめた:告知義務の対象に店頭デリバティブ取引(店頭FX)が含まれること
- 確かめた:告知の期限が「差金等決済をする日まで」であること
- 確かめた:業者側に書類等による確認義務があること
- 確かめた:所得税法第242条の罰則列挙に、第224条の5が含まれていないこと
- 確かめた:番号法第12条に業者側の安全管理措置義務があること/第19条・第20条に目的外提供・収集の制限があること
- 確かめた:番号法第48条・第49条に、業者・従事者側の漏えい・目的外利用に対する罰則(拘禁刑を含む)があること
- 確かめていない:各業者が実際にどの水準の技術的対策を取っているか
- 確かめていない:告知を拒んだ場合に、実務上どこまで口座開設・取引が制限されるか(業者ごとに運用が異なりうる)
出典
- 所得税法 第224条の5(先物取引の差金等決済をする者の告知)/第225条(支払調書及び支払通知書)/第242条(罰則)(e-Gov法令検索)
- 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法) 第12条(個人番号利用事務実施者等の責務)/第19条(特定個人情報の提供の制限)/第20条(収集等の制限)/第48条・第49条(罰則)(e-Gov法令検索)
※本記事は法令の条文に基づく記述であり、特定の業者・取引手法を推奨するものではありません。制度・条文は改正されることがあります。


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